家康工房の家づくり

 

「お施主様との信頼関係」 から始まります。

    

 私たち家康工房の自己紹介
読者の方々の応援や、関係者の協力のおかげで「手づくり新聞」も、発行以来60号と成ります。
5年の歳月を掛けて色々なことをお伝えして来ましたが、読者の方や関係者に感謝、感謝、大感謝です。

ここで、改めて当社の紹介をさせていただきます。
私たちは注文住宅とリフォームをメインに工事をしている小さな工務店です。
専門の営業マンも居ずモデルハウスや立派な会社案内もありません。
あるのは毎月発行している無料情報誌「手づくり新聞」と、
毎月数回更新しているホームページだけです。

少ない人数で毎日忙しく本業の家づくり(こちらは専門ですからお任せを!)をする傍ら、
手づくり新聞の作製とホームページの更新を一生懸命頑張って続けています。
素人集団の手づくりですから、誤字、脱字を始め見づらいところも多いかと思いますが
ご容赦をお願い申し上げます。

小さな会社だからこそ出来る家づくり
私たちに家づくりを依頼してくれる方は、構造見学会や完成見学会、
家づくり勉強会にご参加いただいています。
事前に私たちの家づくりをご覧いただき話を聞いていただくことで、
現場で作業をする職人さんやスタッフとコミュニケーションが図れるからです。

家康工房の現場で家づくりをしている職人さんは長いお付き合いの方ばかりで、
見学会のお手伝いもしていただいています。
どの職人さんも、自然素材を多用した木の家が大好きなこだわりの家づくり集団です。

家づくりは、奥が深く極めるのは至難の業です。数十年の経験者でも毎日が勉強の連続です。
数十種の専門職の責任感と連携により、お施主様とコミュニケーションを図ることで
初めて信頼関係ができ、安心して住める家が完成していくものと私たちは日々精進しています。

そんな私たちが一年間で出来る家づくりは10棟位が限界のようです。
それ以上やると無理が出て責任を持った家づくりが出来なくなり、
結果としてお施主様にご迷惑をお掛けすることに成るからです。

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家康工房のホームページにおこしいただき誠にありがとうございます。

 私は、家康工房の代表を努めています塩原康雄です。

 最初に私の自己紹介をさせていただきます。

 次回からは、当社の家づくりについて色々とお伝えさせていただきます。

 地元の前橋工業高校(土木課)を卒業し、東京で3年、地元に戻って2年の
サラリーマン生活(修行)後、23歳で建設会社を創業。楽しみながら、歯をく
いしばりながら、はや35年。振返って見ますと2800棟を超える住宅建築に携わ
って来ました。(恥ずかしながら、いまだ勉強中です・・・)
23歳の若輩者がよく開業出来たと、いつも言われます。時は昭和49年、世はま
さに第一次オイルショックの真っ最中です。前年に大手ハウスメーカーが県内
に進出、下請け工務店を探していることを知人から紹介を受ける。
半年間の志向錯誤の結果、大決断をし塩原工業として創業。
当時は、まだハウスメーカーのプレハブ住宅は建築業界において子供扱いの時
代です。その後、社会の流れに乗りハウスメーカーとともに成長をし続ける。
その間プレハブ住宅を中心に、時々の木造住宅、2×4法住宅、店舗等も手掛け
建築棟数を積み重ねる。ハウスメーカーの協力会立上げにも従事し副会長、会
長職を30年間に亘り歴任する。
しかし、50歳を前に今までの家づくりに何か不自然さを感じ、悶悶とする日々
を過ごす。
そのころ、木曾東濃檜の生産地組合の関係者と偶然の出会いがあり
「協同組合あすみ住宅研究会」に入会。本格的に木造住宅を始める。

ハウスメーカーで長くお世話になる間に養った、多くの知識と経験、人脈を活
かして「外断熱の地熱住宅」を開始この計画が、群馬県経営革新計画事業の承
認(経・第223-47号)を頂く。
このことにより「究極の家造り」が見えて来た思いで、長年お世話になったハ
ウスメーカーを卒業し、塩原工業から家康工房に社名変更を実施する。
今に思えば、私の建築人生は多くの人たちに支えられ、周りの方々に大変お世
話になり、ご指導を頂いてとても幸せな人生だったと厚く感謝しています。
ここでも改めて申し上げます。 “ありがとうございます”。
これからも、家づくりを通して地域の方々やお世話になった方々に、今までの恩
返しを続けてまいります。

■経営理念    『お客様の幸せが当社の幸せである』
          創業35年を迎えた今、当社が携わった全てのお客様、家がある
          限り、お客様の「生活相談室」として心から貢献しお役に立ちます